遊牧民のキャラバンは遠い昔から住む世界の異なる人々の思考や物品を結びつける伝達手段であったし更に異文化間の環境に順応する人間のシンボルと見なされ て来た。そして今彼らは私たちの未来における稀有な希望を具現している。 今日、人類の豊かな創意によって生産されるより早く,より高性能の機械化にもかかわらず、このようなキャラバンのいくつかはまだ存在し続けている。この事 実は単に奇跡なのか、それとも実証可能な現実なのか。
ニジェール国に属するサハラ砂漠はこの西アフリカの国の3分の2を占めているがここでは塩のカラヴァンが1千年以上も前から悠然と変わることなく2つの ルートを辿って3つの地域をつなぎながら潮の取引を続けている。 西から東のルートはアガデーズ地域とカワールのオアシス塩田を結びもう1つの北から南のルートはオアシスを通ってハウサ地域を経由しナイジェリアまで続 く。
このキャラバンはトゥアレグ族に率いられているがこの種族はオアシスに住むカヌリ族と南のハウサ族の農民たちとの仲介役として存在し二重の供給を保証して いる。 家畜の健康にとって不可欠な砂漠の塩は南部でとれるミレットという穀物の大事な食料源と交換される。多くに人々にとってキャラバンは過去の遺物かロマン チックなユートピーの具現であり、一方政府にとってはこの国の発展を妨げるガンであり、トラックが代わりに使用されるべきとしている。
1970年代と1980年代のすさまじい旱魃によってほとんどの駱駝が死にキャラバンによる輸送は終わってしまったと人々は考えた。その上1991年から 98年の間のトゥアレグ族の反乱軍と国軍の対立した内戦もあった。それでも塩のキャラバンは生き残ったのだ。そしてこの2003年にテネレ砂漠からビルマ 塩田までの700キロの横断の旅の準備をはじめた。
第30世紀初頭は人類にとって不快再考と反省の時期であり渇望する平和を実現するために新しい挑戦に直面している。それはいかにして経済の発展と自然保護 を両立させるか、またどのようにして世界が単一化に向かわず多様な文明のもたらす恩恵に調和を与えるかということだ。
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