ジャネット。オアシスの暮らしと結婚式
ジャネットへの到着は異国情緒に満ちている。何百キロメートルもの間何もない平たい砂漠の上空を飛んだあとでは、タッシリ・アジェールは旅人の目に多様な豊かさのある場所に見える、その世界はまるで沙漠の創世記を語るかのように化石と生き物が共存しているのだ。
はじめはただ黒っぽい岩の彫像や、見渡す限りの瓦礫と黒い石の森が空に向かって聳えているのが見え、少し遠くには人びとがタッシリとよぶ750キロにも及ぶ広大な砂岩の丘陵がのぞまれる。その麓のウエードと呼ばれる河床には緑豊な一つのオアシスがあり、その何キロメートルか先には曲線を描く官能的な砂の丘陵の真中に国際空港が位置するのだ。
ジャネットは横に長いオアシスで、椰子の並木に縁取られた中央通りを囲むように6つの村落がある。居住者数は1万5千人である。
一番古い村であるエル・ミハン、アジャヒルとゼルアズにはそれぞれクサールとよばれる数百年前に築かれた古い城砦都市があり、そこにはもう人は住んでないが、イッジェル(海の意味)のウエードの上にそそり立ち、増水から守られ、また椰子の木の庭園を監視するために建てられていた。ウエードとは不規則な水の流れで雨が降れば増水し、村をあっという間に水浸しにする。ジャネット近辺の雨量は不規則で、気温は冬は25度から0度〔10月~3月〕、夏は5度から35度〔4月~9月〕になる。
椰子の木の庭園は数ある地下の泉のお陰で一年中灌漑されている。各女性は母親や祖母の遺産である小さな庭を持ち、そこでナツメグや様々な果物、穀物を育て、家畜も飼育している。やしの木の生産〔約30,000本〕と、庭園の収穫が沢山の住民の生活を支えている。
ジャネットの町の中心を歩くと、まず驚くのは大通りを駆け巡るターバンの男達の運転するトヨタの四駆車の多さである。たしかにわれわれは都会にいるのだ。
一軒のカフェの反対側には銀行が一つ、郵便局が一つあり、少しはなれてバス停留所の向こうには病院と様々な商店がある。ジャネットの住民の大半は元は放牧民であったトゥアレグ人で彼らは今はオアシスに居座ってしまった。
男達は元は勇壮な戦士であり比類ないラクダの飼育者であったが、現在は世界各国からくる観光客のために旅行会社の経営や観光ガイドやラクダ使いとして働く。子供達の義務教育が始まるとトゥアレグの男達の中には医師の資格を獲った者もいるし、公務員になった者もいる。然し、6ヶ月間の観光シーズン以外にはこのオアシスの若者達に職はなく、失業率は高い。北部地方のアラブ人は数多く警察に配属され、その他は商売を始めた。
ジャネットに水道と電気が引かれて以来、都会的な快適さに必要な全てがある。電気製品の専門店、家具店、様々な商品を売る青空市場などが100円ショップ顔負けの多種の商品を売っている。ジャネットの各家庭には少なくとも1台のテレビと衛星放送チャンネルを持ち、全世界からの番組が見られる。
男達は観光客グループに同行して町と沙漠をひっきりなしに行き来するが、女達は家に残り家庭の雑事と子供の世話に明け暮れる。結婚前には多くの女性は役所で秘書などの仕事をする事が多いが、結婚後仕事を続ける女性はまだ稀である.大部分の女性は学校教育を受けていないし受けても学習するのはアラブ語であってフランス語は第一外国語である。しかし、ジャネットではフランス語の流暢な人は少ない。
イスラム教に改宗しているが、母系社会であるトゥアレグ人のほとんどは一夫一婦制で、アフリカでは特権である女性の自由を認めていることで知られている。彼女達は離婚をする権利があり、ヴェールで顔を隠す事もないが、対照的に男達は社会的な厳格なしきたりと格式を意味するヴェールの使用が不可欠である。しかしながら、イスラム教の影響の強いアルジェリアでは、トゥアレグの人々は次第にアラブ風に普通の生活の中で男達と女性を分けるようになった。
このように例えば公共の場所であるカフェは女性には出入りが禁止され、又女性が一人で市場へ行く事も不謹慎とされている。そこで一般には男達が買い物をし、女性は家に残って料理をするのだ。
しかしジャネットの女達のひっそりと隠れた生活は各村の内部にあって固有の役割を持つ。 女達は頻繁に行き来し、集まり、料理を作ったり、掃除を助け合ったり、家で子守をしたりしている。ところが結婚式や洗礼式のような大きいなお祭りの時には女性が主役であり、その緊密な協力は非常に素晴らしい。


結婚式
夏の季節の間は、いつも静かな時間の流れるジャネットで、時に一週間に一度くらいの頻度で結婚式がある。新婚の二人には新郎にも新婦にも代父か代母がいて,その人たちがそれぞれ結婚祝いの席を設ける。男達は新郎の周りに集まってクスクスを食べたり、3杯のお茶を飲んだりする。一杯目は人生のように苦くて、2杯目は愛のように強くて、3杯目は死のように甘美、というトゥアレグの諺によってお茶を3回作り、その間にお喋りがたっぷりできるという社会的な役割も果たす。
対照的に、女性たちは結婚式の間、毎日異なった儀式によってきめられたダンスあり、音楽ありの本格的なお祭りを行って、結婚を祝う。トゥアレグの結婚は通常3日か4日にわたるが、それはその家族の財力による。なぜなら、結婚式は近所の人々を皆招待するからで、殆どの場合、住民全員が参加するといってよく、ときに20万ディナー(約28万円)ほどもかかる。その上、新郎は新婦に全ての物が整った一軒の新居を与えなければならない。それは、トゥアレグ人にとっては昔はテントであったが、家は新しい夫婦2人の結合の象徴なのであり、この家は新婦の所有となる。もし離婚する場合は夫は家と子供を残して出て行かねばならない。
明日はアイシャの家族が従姉のファティマの結婚のために特別に女性だけのパーティーを準備する。そのために、アイシャと友人達はバスに乗って町の市場に出掛けた。 彼女達はアルジェ首都のファッション服を着て、体にぴったりのパンタロンをはき、頭にはイスラム風にスカーフをかぶって、新しいワンピースやトウアレグ風の大きなインディゴのベールを買いに行った。アイシャは23歳、ゼルアズ村の両親の家に住んでいる。石造りのジャネットの典型的な家屋であるその家は中庭があり、その周りに3室が配置されていて、一室は男性来客用の居間、もう一室は女性来客用、残りの一室はアイシャとその妹の部屋である。その横にはもう一つ小さな中庭があり、そこにはシャワー室、お手洗い、そして屋外とつながった厨房がある。
アイシャの家ではこのおめでたい日のためにみんなが忙しく立ち働く。キッチンでは、子供達と女達が翌日のパーティでオレンジジュースと一緒に配るポップコーン、ピーナツとあめが入っている小さい袋を用意したり、隣の中庭にジャマハと数人の友達がプラスティック花やレースの配合を大きい絨毯に縫いつけたりしている。外には、男達は朝早くから家の前にブリキ板で囲いを作っている。その中で、2日2晩女達の歌声と太鼓が響き渡るのだ。なぜなら、男達はこのお祭りに参加する事も、見物する事も禁じられ、場外で家に戻る妻や姉妹を四駆車で待つのみである。外国人の女性は歓迎されるが、夫の最も厳しい叱責を受ける恐れのある〔時に離婚の原因にもなる〕既婚者の写真は撮影が禁止される。アルジェリアでは大部分のイスラム国のように、価値のある女は特に結婚後に他の男性の目につかないように隠される。

ファティマ
新婦のファティマは22歳で、ゼルアズ村の中庭を囲む石造りの伝統的な家に両親と一緒に住んでいて、石油掘削会社に勤めている33歳のムサと結婚することになった。婚約してから約2年の間、彼は1400キロ北に位置するハシメサウドの精油所を往復しながら、結婚式のお金を稼いで、新しい家も建てた。この期間は長く見えるが、ジャネットでの平均月給は1万ディナー(約1万4千円)を考慮すれば、月給3万ディナーを稼ぐムサの場合は恵まれている。ほとんどのカップルと同じように、二人は携帯電話を通して付き合い始めた。ジャネットでは男女が直接出会うのは難しく、恋人同志の付き合いはまず電話番号の交換と延々と続く通話をしてから、二人きりでデートすることになる。夜になって男はテントの下に密かに女をくどきにきた昔のように、トウアレグの逢引は皆の黙認の上で行い、女は妊娠しない限りは世間に許され、人目を引かないように礼儀正しく行わなければならないのだ。
ファティマは教育も受けておらず、仕事をしたこともない。彼女は控え目でシャイな性格だが、結婚のことを思うと目がきらきら光る。隣に座った19歳で結婚している親友は蜜蝋のテープを彼女の前腕に貼り、脱毛で残されたわずか3本くらいを取ろうとしている。新婦が全身すべてを脱毛するというのはアラブの伝統的な慣習で、現代のトウアレグ女性もやっている。部屋にいるファティマの友達はこれからの3日間に付き合い、結婚のための様々な準備を手伝うことになる。お祭りのために皆は手足をヘンナの模様で染められている。ヘンナは薬用植物で化粧品としてムスリムの女性に使われて、結婚式の時に重要な役割を果たす。


最初の日:ヘンナ式
翌日の朝から、初夜のために新婦を用意させるヘンナの準備が始まる。9時から6人くらいの女性エスコートはヴェールの下に顔を隠すファティマをジャマハの家へ連れて行った。このエスコートは3日間の結婚式が終わるまでファティマを付き添い、親戚や親友の前以外に顔を現しない新婦を大事に守る。テレビから聞こえるコーランのお祈りが静かに流れる小さいリビングの中で、女性達は新婦を囲い、リビア製の花、ハートなどの模様付きの粘着テープを手足に丁寧に貼り、水に定期的に湿らしたヘンナのペーストを貼る。ヘンナの貼り方は大体一時間がかかる。手足をビニール袋に包まれてから、ファティマはソファに寝かせてもらい、磁器とプラスチック花の飾ったテレビを退屈そうに見ながら、コーランの詩篇をつぶやく。ヘンナが肌を綺麗な濃い赤に染めるまで、後5時間動かずに待たなければならないのだ。

16時に、新婦はいよいよ準備が整った。オアシスの砂道を、慣習に従ってうなだれて歩き、親戚の家までエスコートされる。大きい中庭に、夕方の柔らかい光があたる石壁に、青や緑のキラキラ衣装の女性達がもたれかかっている姿は素敵な風景である。皆はトウアレグ伝統を永続させるヴェール儀式を始めるためにファティマを待つ。部屋で彼女もジャネットの伝統的な青いアルバイと着替え、頭と肩にはきらめく真っ白のヴェールを被り、エスコートに付き添われ中庭の奥に座った。



スカーフの隙間から目しか見えない老女はトウアレグのインディゴ・ヴェールの儀式を始める。新婦の白いヴェールを脱がせ、トウアレグのヴェールを重々しくかぶせ、改めて白いヴェールを上にかける。儀式はユーユーの叫び声で迎えられる。トウアレグ女性のユーユーは舌が激しく揺れ起こす喜びや感動を表現する鋭い叫びである。そして祖母、曾祖母の遺産である彫りのある金の結婚指輪二つ、ブレスレット二つと白い皮のサンダル一足を一つずつはかせ、色のついた藤の籠に載せた噛みタバコ、紅茶とお砂糖の小さい山を混ぜて、祝福の言葉を唱えながら新婦の髪の分け目に載せる。ヴェールの儀式は結婚するトウアレグ女性にとってはとても重要な式である。妻と一緒になる前に、新郎はモスクに行って、コーランを読みながらイスラム教の祝福を受けるが、新婦は祖先からの贈り物を受け取ってトウアレグの妻になるのである。

ヴェールの式が終わってから、夜のヘンナ祭りが始まる。アイシャの部屋で娘達は一生懸命お化粧したり、ドライヤーで髪を伸ばしたり、派手なワンピースと着替たりする。他の若い女性達の組は新婦のソファの前に座り、そこに張ってあるプラスチック花とレースで飾られたクリスマス・ツリーのように点滅する絨毯をきゃ、きゃと笑いながらコメントする。2-3人の男の子は絨毯がかけられた壁の周りに電気を付け、ステレオをセットするが、近所にお葬式があり、3日間の義務的な謹慎はまだ終わっていないので、今夜はディスク・ジョッキーなしでCDで音を小さくループするだけだ。

新婦のエスコートが着くころには、ゼルアズとその他の村から来た150人くらいの女性が集まっている。ファティマはユーユーの叫びの暖かいもてなしを受けながら、点滅するハートの下に座り、同じソファの左右に二人の親戚が囲んで座る。ファティマは白いスパンコールをちりばめたドレスと先のとがったヒールシューズというアラブ式のファッションをしているが、白いヴェールの下に頭を下げ、トウアレグの価値観に従う慎みと羞恥心を表している。彼女の前の、招待客たちは興味深い光景である。伝統的なアルバイを着たお婆さん、デコルテ姿の娘、赤銅色の肌、金髪、黒人、ガルダイア地域の派手なドレス、モーリタニアのドレイパリーなどの女性達が混りあい、茣蓙の上でガヤガヤ騒いでいる。私の隣に座った娘たちはポップコーンの袋を開き、ピーナツとあめと一緒に入った宝くじ券を出し、“今日にないことは明日にある”や“マイケル・ジャクソンよりよろしく”というアラブ文字で書いてあるメッセージを読みながら、大笑いしている。
そして、ヘンナ儀式を告げる太鼓の音が聞こえてくる。女性組は家を出て、ガンガという皮の太鼓をばちで叩き歌いながら歩き、段々追いついた女性達と一緒に、新婦の回りに半円を描き、白いヴェールによる光輪のように囲む。輪の中で、女性達はアルバイの長袖を右左に振りながら、合唱する。そして、ヘンナの入ったピンク色のバスケットを持ち歩く一人の女性は新婦の下に跪き、健康と豊穣を象徴するヘンナを手足に少しつけてから、周りで掌を差し出す娘達にも情深く配る。式が終わってから、エスコートがユーユーの響きと共に新婦を連れてパーティーを去る。新婦は翌日の結婚式まで両親の家での最後の夜を過ごす。
2日目:結婚式
午前中に、女性達は大騒ぎでアイシャの中庭に続々と入り、鍋、ガス焜炉、食器、ナイフなどを砂上に用意されたキッチンに置く。茣蓙に置かれた幾つかの容器の回りに座り、野菜の皮をむいたり、さいの目に刻んだり、鉢の中でにんにくと棗の実などをつぶしたりする一方、今晩のクスクスの原料のポテト、玉ねぎ、トマト、ズッキニ、にんじん等を扱うそれぞれのグループが周到に準備される。奥には羊とラクダ肉を切る4人の女性もいる。2分の一頭分のラクダからは約35キロの肉が取れるため、結婚式の時によく使われる。ぴったりとした赤とオレンジのチュニックをきた古代彫刻のような女性は、壁に並んでいる4つの大鍋に玉ねぎ、にんにく、トマトペーストを片手で滑らせ、もうひとつの手は腰に当て、回りの女性達と元気に話す。他の女性達が到着し、甜菜、トマト、キュウリなどの季節の野菜でサラダを用意し、全部が出来上がってから、クスクスのセモリナ(クスクスに使う小麦粉)の加熱が始まる。一ヶ月前、新郎は村の女性全員にセモリナを配り、女はそれを手で丸め、10回くらい篩にかけ、均等な小さな粒にして、更に乾かした粉を持って行く。当日、その粉を水とバターでふくらませてから、大鍋の上で15分くらい蒸して、特大の入れ物に入れ、手で粉を細かい粒にする。これでセモリナが出来上がった。

夜になると、女性満杯のバリケードされたスペースに、二人の若い男性のDJがきて、流行りのアラブ曲をかけ、結婚式の祭りが始まる。スピカーの隣では幼い少女達が笑いながら、お姉さんの真似をして腰を一生懸命振って可愛らしくて踊っている。段々盛り上がってきた時に、ミュージシャン達がDjの代わりにやってくる。真ん中に8人くらいの女性が輪になって座り、デルブカのアラブ太鼓、テンデの皮造り太鼓、ブリキ缶などを叩き、皆でトウアレグの伝統的な歌を歌い始める。あちこちに二人組の女性が立ち上がり、腰にスカーフを丁寧に結んでから、腕をしとやかに動かし、ヒップをゆっくりと振り、前後に進み踊る。集まった女性達は座ったまま手を叩き、自分の金ブレスレットや携帯電話を好きなダンサーの手に渡して(これはまた後から返してもらうのだが)、満足度を表し、激しくユーユーを叫びながらダンスを盛り立てる。ミュージシャン達には同じように宝石や羽根のように浮かぶヴェールのすそに挟まれる紙幣のお陰でますますのってくる。

キッチンの中では食事の用意に大騒ぎだ。アイシャ達は大きいバケツから一生懸命オレンジジュースをプラスティックボトルに移し換え、中庭では大勢の年上の女性達がクスクスを30くらいの容器に分け、ソースを掛けたり、伝統的なお茶を用意したりしている。そして女性は一人また一人とパーティーの入り口に現れ、大きい銀の盆を持ち歩きながら、輝くアルバイの列を作り、お客さんの頭上でクスクスとサラダ、オレンジジュースのボトルを上手にまわして、最後にお茶の小さいグラスを皆に配ってから、お線香の香りいっぱいのヴェールを漂わせて、キッチンに消える。皆がひとしきり食事をしてから、またパーティーが続く。
その間、総飾りつきの大きい鏡のある部屋にファティマは青いアルバイと白いヴェールというジャネットの伝統的な花嫁さんの服装に着替え、出番を待つ。女性達は彼女のアルバイのローブを香料の煙の上に広げ、良い香りを沁みこませ、最後にメークアップをチェックし、いよいよ出発する。ゼルアズの静かな道を、新婦は白いヴェールの下にうなだれ、左右を親戚の者に支えられてゆっくりと歩く。女性満杯のパーティーに現れる瞬間は、皆がちょうど食べ終わって、パーティーが再開されるときだ。ユーユーは風のように巻き上がり、新婦がソファの上に座るまで歓迎の意を表す。夕べのように、ソファーに並んで座るエスコートの女性達は白いヴェールの下で皆の楽しんでいる姿をじっと見つめる。11時になると、道の向こう側を通っている新郎のエスコートが歌う男性の声がわずかに聞こえてきた。それを合図に、年寄りの女性はファティマに近づき、耳に何かをつぶやく。するとユーユーの叫び声が沸き起こる中、新婦が立ち上がり、エスコートと一緒にパーティを去る。


結婚の行列は砂道をゆっくりと歩き、ガンガの響きに答えた穏やかなもの悲しい歌で星空を満たす。女性達のまぶしい体に優しく包み込まれた新婦は、叔母さんの首に腕をまわして、わざと歩かずに重い荷物のように夫が待っている親戚の家までゆっくり引っ張っていかれる。“友達は行ってしまい私はとても悲しい。男達、気をつけて!我々は金の宝を連れて行くから。”こう歌いながら、行列は家の戸口に座った夫と数人の男達を通り越して、家に入った。真っ白い壁の部屋で老女達は歌い続け、新婦は数人の親戚に囲まれて奥で待つ。歌は消え、老女達は無言で去る。夫に席を譲る前に、親戚はファティマの涙を乾かし、最後の祝福の言葉を言ってあげてからファティマを一人にする。

朝早く、ファティマはエスコートに伴われて夫の代母が開催した祭りに連れて行かれた。彼女は部屋に入り、白いヴェールで前面を隠し、夫の家族からもらった金の宝石と紙幣を頭の上にかぶせられ、じっと座る。外では世代の違う祭りが同時に両方の中庭で行なわれる。中庭の一方では年上の女性達が集まり、”金の宝に満足する”と強烈な声で歌う老女に和してガンガと太鼓を叩き、顔をヴェールで隠し、トランス状態で踊る女性の姿も何人か見てとれる。

他方、アラブのダンスミュージックで盛り上がっているアイシャの友達は結婚のお土産を紹介する祭で、一人の女性が3棹のスーツケースから次々と出した下着、スリッパ、ガウン、シーツなどを賑やかにコメントする。後ろの壁にも、絨毯、ガスレンジ、ヒーターなどの家庭用品がいくつか見られるが、これらは友達からのプレゼントで、彼女達が結婚する時には、ファティマがお返ししなければならない。お昼になると、皆は特別なご馳走とされているラクダのレバーと内臓のソースをかけたマカロニを食べ、お茶を飲んでから帰った。
夜になると、ファティマは初めて新しい家に連れて行かれた。エスコートを伴って、花嫁さん独特の真っ白なヴェールで最後に顔を隠すファティマは、女性達と一緒に感嘆の声を発しながら、明々と電灯を付けた家の各部屋を訪れる。新しい家はジャネットの伝統的な家と違って中庭がない西欧式のコンクリート造りである。廊下沿いに大きいリビングがあり、その隣に小規模の女性用のリビング、現代的な新品のキッチン、シャワーと洋式トイレの風呂場、そして奥に寝室がある。家の点検が終わってから、新婦のエスコートは新郎と数人の友達が集まっている大きいリビングに入る。そこでは、ガンガを叩き歌う老女達の周りを、男達がトアレーグの伝統的な刀を振り回しながら踊る。この賑やかな新築祝いは新婦が徐々に新しい環境に慣れるために行い、これから自分一人できちんと家庭作業を営むため娘時代と別れる通過儀礼である。夜遅くまで音楽が続き、老女達を最後にお客さんが次々と引き上げる。こうして結婚式が終わり、各女性はジャネット・オアシスの静かな日常生活にもどっていくのだ。ちょうどラマダンというイスラム教による断食の聖月が始まり、オアシスは6時の夕暮れまでほとんど活動がなく、結婚式も行われない。しかし、ここでは当たり前のように、あと9ヶ月が経ったら、ファティマは子供を生むために、実家の母のところに一週間もどり、男性が入れない女性同士のもう一つのお祭りが改めて盛大に行なわれるだろう。
ゼルアズの女性たちへ・・
写真・文:alissa descotes-toyosaki
くらしの手帖06年4月に掲載された「ジャネットの結婚式」のバージョンはこちらです→![]()
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